オレゴン・トレイル物語
命をかけた大移動・・・



19世紀西部開拓時代はこの道から始まった。

全工程3200km 
オレゴンへの道程は文字通り山越え谷越え、そして川を渡り大自然との闘いの連続。
固い意志と決心なくしてゴールまでは行き着けない。
原住民の襲撃に遭ったり伝染病や不慮の事故で、新天地を目前に
西部の土に眠ってしまった移民も数多く存在する。

肥沃な土地、夢の新天地

西部を目指したアメリカの勇気ある開拓者たちの物

 
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OTJ-1-4 Chapter 5 旅の様子…


NEBRASKA/
ネブラスカ

DETAIL
〜1849年セント・ルイスで発行された
    「カリフォルニアへの移民の手引き」
の中に記された、
          オレゴン・トレイルに向かう3人分の持ち物〜


品物 単価($) 数/量(Kg) 金額($)
ライフル 20.00 3本 60.00
ピストル 15.00 3丁 45.00
小麦粉 4.00 5樽/489.0 20.00
ベーコン 0.11 272.0 30.00
コーヒー 0.18 45.0 8.00
ふくらし粉 0.22 4.5 1.00
ラード 0.11 23.0 2.50
紅茶 1.25 2.0 2.75
砂糖 0.10 68.0 7.00
0.11 34.0 3.75
乾燥果物 0.13 23.0 3.00
塩と胡椒 0.13 23.0 3.00
黒鉛 13.5 1.20
寝わら 20.5 22.50
テント 13.5 5.00
調理用具 13.5 4.00
マッチ 1.00
ろうそく・せっけん 23.0 5.30
個人の荷物 68.0 5.3


 通常 午前中に5時間程進んで、昼間の暑い時間帯は昼食ををとったり、
家畜に水を与えたりする。
 
 頑丈で軽量な馬車が必要であった。
ほとんどの馬車はカエデやヒッコリー、カシなどで造られていた。
バネがなかったので、岩場では全員が降りて歩いた。



(続く・・・)




ショップ 『オレゴン・トレイル』〜

 宿泊しているナッシュビルのホテルから、ダウンタウンのライブハウスまで
歩いていく事にして、小降りの雨の中を歩いていると、あの有名な『ライマン公会堂』に
辿り着きました。

ライマン公会堂は、「グランド・オール・オープリ」という正統的なカントリー・ミュージックの
伝統を誇るラジオ番組を全米に向けて放送していたホールです。
「カントリー・ミュージックのカーネギー・ホール」と呼ばれ、ここに出演することは
並大抵の事では無かったでしょうね。

ライマン公会堂の前で立ち止まっていると、見るからに危険な雰囲気の男が
近寄ってきました。私に向かって何か叫んでいるので、ヤバイと思い足早に
近くのライブハウスらしき店に入りました。

焦りながら店の中に入ろうとするとIDを見せるように言われ、パスポートを見せて入店。
なんとそこは、女性が下着姿でカントリーを歌っている不思議な空間でした・・・


はき心地の良い国産のコットンツイル地を使用し柔らかく履きやすいジーンズとなりました。
シルエットは”Tiptpn”と同じレギュラーフィット。

こちらも5Kg近く太ってしまった為、作った本人は履けないという事態が・・・

ダイエットするきっかけになったジーンズです(笑)
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